養分

やがて木となり森となる

修士で就活するor博士に進学するという、一つの岐路にふれて

 

仮に博士課程に進学してもアカデミアに残りたいと考えていないので、修士で就活するのが一般的でおそらくベストと思っていたが、できる範囲の人に話を聞いてきちんと調べてみた結果自分の現時点で行きたい業界(製薬業界)では博士を持っておいた方がよい(就職時点で持っていなくとも社会人博士等を経て持つことが望ましい)と思った。

 

・ならなぜ博士進学にスパっと踏み切れないのか

優秀さは博士や修士などによらない

優秀な人は会社が博士とらせてくれる

終身雇用がなんだかんだ残っている日本では社内で人を育てるって考え方が根強い

 (企業に就職する博士課程進学者は生産性が低いのか?? | 有機化学論文研究所

 

自分が迷っていた原因を的確に言語化してくださっていた方がおられたので引用させていただいた。 

日本人の自分にとって、製薬の研究職に内定をもらい、研究者として働いていくための最適解は、①修士で企業に行き、②研究しながら論文博士か社会人博士のチャンスを待ち、博士を取らせてもらうことだと考えていたから迷っていたと気づいた。

 

だが今就活を目前にしてやはり危ぶむ自分がいる。果たして自分は第一志望の企業から内定を頂けるのだろうか、そしてちゃんと博士を取れるのかと。だが逆に博士課程に進んだために、修士で就活をしておけばよかったという結果にならないだろうかとも思ってしまう。

しかし修士で大手の研究職に採用されるような研究をしていたり、そういった実績・実力がある人は博士に進んでも、着実に研究を進め、研究以外の面でも研鑽を積むであろうから、博士進学がマイナスに働くことはおそらくない。Ph.Dへの確実性を取るなら博士進学すれば済む話である。

結局、自分が第一志望の企業に内定をもらえる素質、そういう研究をしているかどうかが分からないから迷っているのである。

 

 

・なら修士で就活して、第一志望じゃなくてもいいから就職すればいいのか

冷静に現実を見て判断したらそこにたどり着くのは自明だった。

ただ、大学院の研究というのは、つまるところ面白いのだ。

自分は今、仮説を立てて、実際に実験を行って、得られた結果から考察し、次の仮説を立てたり、他の実験を行ったりする。大学院の研究は新規性・進歩性が重要であるから、基本的に多少の類似はあるが、まだ誰もやっていないことをする。だからその実験結果を得た世界で最初の人間になれるのだ。そこが幾ばくかは面白いと思えないと大学院の研究、特に博士課程での研究は無味乾燥としたものになるだろう。

 

研究を手段だとみなしてしまえば修士で就職するのが幸せになる道であろうし、研究が目的と思うなら博士課程で自分の知的好奇心が満たされるよう3年間研究しつつ、プレゼンスキルとか論文執筆能力とか、会社で要求される能力を磨いて就職先を探すのが幸せになる道だと思う。

 

・研究ができれば(研究職につければ)幸せなのか

最後にこれについて考えたい。

平均寿命とかから逆算するとあと50年ほどは生きれるのだが、人生の3分の1が過ぎ去ってしまったとも言える。自分の最終的な目標は「自分の人生を充分に生きたと思って死ぬ」ことである。定義もなければ、定量的な評価もできないので、もはやそれは死ぬ瞬間にしかわからないが、自分の家族がそばにいてくれることは一つ関係するのかなと思うので、彼女を作って、結婚することは必須だと思う。その観点で見た時、博士進学がどこまで影響するのかは分からないが、自分がちゃんと結婚できそうかという視点でも考えて選んだ方がよいと思った。

 

あとがき

ここ半年くらいずっと「博士進学するか否かということ」頭の片隅で考えていた。

20数年生きてきた中で、一度立ち止まって精査して決めるという場面はたくさんあった。でもそれらは全て、「一年後には悩んでいた事すら忘れてしまう」悩みだったように思うし、少し言い換えると「遅くとも一年後には結論が出ている」悩みである。だからそこまで悩む必要もないと判断し、深く考えずに決断してきた。

博士進学は一年後には結論が出ない、早くて3年かかる。だから悩みぬいたし、自分がこの時点で何を思い考えていたのか言語化できる部分だけでも残しておきたいと思った。

 

 

 

小銭は所詮小銭なのかもしれない

世の中、頭を使わないといけないことが増えていると感じる

からしょうもないことにいちいちそのリソースを割いていては重要な時にエネルギー切れで実力を発揮できないという事態に陥るかもしれない

 

試しに小銭を持ち歩かないというのはどうだろうか、

または持ち歩いても500円玉と、100円玉だけにするとか

 

それ以外の小銭は貯めておいて、銀行に持って行けばよい。調べたらゆうちょの窓口か併設のATMが良いみたいだ。

 

まあ世の中便利になって、なんでも電子マネーで買い物できるようになってきたのでそれでよいではないかと思うかもしれない。自分もそれでいいと思う。だが、日本はまだまだ現金信仰が根強いらしい。だから小銭をどう扱うかという問題は日本では通用する問題だろう。

好き嫌い

子どものころ、なんでも好き嫌いせずに食べなさいとよく言われていた。そのころからずっと疑問に思っていたことがある。

なぜ「好き」嫌いなのか、好きになってはいけないのか、と

小学生のころ、プロフィールカードというものが特に女子の間で流行っていた。あれには確か好きな食べ物、嫌いな食べ物という項目があったはずである。

 

一人暮らしを始めて数年が経った今、何となくその疑問の答えが見えてきた。簡単に言うと、身体に良くないものを「好き」になってそればかり食べることはご法度ということだったのだろう。

もしかしたら子どものころの自分は、バランスよく食べなさいと言ってくれていた方が分かりやすかった気がする。